李登輝元台湾総統の貴兄,海軍陸戦隊員登欽氏マニラにて散華,英霊靖国に眠る(新・台湾の主張 P.55~59)
登欽氏,警官の職を辞し帝国海軍の特別志願兵に合格, 妻(22歳)と2人の幼子(2歳,4歳)を残し出征
一九四六年四月、故郷の三芝庄に無事帰ることができた私は、祖父母や両親と再会したが、兄の行方についてはまったくわからずにいた。しかも、使用人として雇っていた親戚の女の子が不思議なことをいう。
『軍刀をもった血まみれの兄が蚊帳の外に立ち、兄嫁が大事に育てている子供たちを見ていた』というのだ。その使用人の女の子は実家に帰ってしまったが、程なくして亡くなったと聞いた。
靖国神社で兄に再会したのは、兄が戦死してから六十二年経った、二〇〇七年六月七日のことだった。兄は海軍陸戦隊員としてマニラでしんがりを務め、散華していたのである。
靖国神社で兄の霊の前に深々と頭を垂れ、冥福を祈ることができたことは、私に大いなる安堵の気持ちをもたらした。仲のよかった兄の霊とようやく対面し、私は人間としてなすべきことができたと感じた。内外の記者が私を取り囲んでいろいろなことをいってきたが、「私の家には兄の位牌もなければ、墓もない。自分の一番大好きな兄貴が戦争で亡くなって、靖国神社に祀られている。もうこれだけで、非常に感謝しております。もし、自分の肉親が祀られているとしたら、あなたはどうしますか」というと、みな黙ってしまった。彼らも私の心情を理解してくれたのだと思う。靖国神杜への参拝は、あくまで家族として、人間としてのものであり、政泊問題や歴史問題の次元で捉えてほしくなかった。
死んだら、魂はどこへいくのか。これは難しい問題である。いくら考えても、簡単には答えは見つからない。日本人は、この霊魂の問題をどう考えるのか。米国のアーリントン国立墓地と異なり、靖国神社には遺骨はない。あるのは魂だけである。これは世界でも特異な例ではないか。「神道は心の鏡」(新渡戸稲造『武士道』)という。ならば兄の霊はいま日本人の心の中にいるというべきかもしれない。靖国神社に兄を祀ってくれてほんとうに感謝している。新・台湾の主張
この記事へのコメント